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 レッスンした女の子。人事ではなかった。運転手であるご主人は頭を抱えていた。恐らく車体を横に振られた時に窓に打ち付けたのだろう。奥さんはパニックになり、泣く菜々子ちゃんを叱り付ける、ご主人は屈んで唸る。俺はとりあえずドアを開けて菜々子ちゃんを抱き上げた。すぐに救急車を呼び、前の事故車も様子を見る。菜々子ちゃんに事故車を見せないよう強く抱きしめて、うかがうと特に外傷はなかった。救急車が到着し、次第に正気を取り戻した奥さんはご主人に付き添い救急車に乗る。でも菜々子ちゃんは叱られた母親を前に再び泣きはじめた。そして奥さんは再び菜々子ちゃんを叱る。 「菜々子! 泣いてないで早くこっちに来なさいっ」 「イヤっ、ママ怖いっ」 「菜々子!」  俺は、しがみつく菜々子ちゃんを無理矢理救急車に乗せることは出来なかった。  菜々子ちゃんを連れてホテルに戻る。託児所のスタッフに事情を話して預かってもらおうとしたが、菜々子ちゃんは俺がいいと離れない。仕方なく、宿舎に連れていき、一晩預かった。  念のため様子見で入院したご主人と奥さんは翌朝にホテルまで菜々子ちゃんを迎えに来た。怯える菜々子ちゃんも普段に戻った母親に近付き、ようやく笑顔になる。俺はホッとした。シャトルバスに乗り込む3人を見送った時には昼を過ぎていた。 「……」  全日本スキー連盟技術選全国大会予選初日、もうレースは始まっている。本当ならそこでゼッケンを付けて滑っていた筈だった。エントリーは昨日の午後4時まで。俺は棄権失格となった訳だった。スキーをする人間なら一度は憧れる大舞台……。 .
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