〇1〇

7/11
前へ
/353ページ
次へ
 午後のレッスン開始時間になり、スクール小屋のドアから蟻が巣穴から出るように次々とインストラクターがゲレンデに出る。辺りにゼッケンを付けた生徒は30人以上いたけど、青山ユキはすぐに分かった。俺がオフ用に買ったウェアと色違い、分からない筈はない。板を履いて緩い斜面を駆け上がるように滑ると、彼女も俺を認識したのか、おどおどとした目で俺に視線を返す。 「ついてきて」  リフトに向かう。俺の後ろにぴったりついて、ちゃんとペアリフトに乗り場まで来た。隣同士に座る。俺は“携帯を壊された身”として無愛想に振る舞う。しばらくしてリフトの上で青山ユキは話し掛けて来た。 「携帯、すみませんでした」 「いや」 「使えなくて不便でしょう?、いつ買いに行かれるんですか」 「明後日」  明後日は公休日。壊れてなんかいないけど、買い替えに行くフリをした。 「データは保存してありますか?、SDカードかネットとか」 「いや」 「すみません……」  青山ユキは俺の嘘を信じて、騙した俺の心配をする。こう、なんかつけ込みたくなる、可愛さというか。どっかの“お嬢さん”なんだろ。 .
/353ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3234人が本棚に入れています
本棚に追加