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午後のレッスン開始時間になり、スクール小屋のドアから蟻が巣穴から出るように次々とインストラクターがゲレンデに出る。辺りにゼッケンを付けた生徒は30人以上いたけど、青山ユキはすぐに分かった。俺がオフ用に買ったウェアと色違い、分からない筈はない。板を履いて緩い斜面を駆け上がるように滑ると、彼女も俺を認識したのか、おどおどとした目で俺に視線を返す。
「ついてきて」
リフトに向かう。俺の後ろにぴったりついて、ちゃんとペアリフトに乗り場まで来た。隣同士に座る。俺は“携帯を壊された身”として無愛想に振る舞う。しばらくしてリフトの上で青山ユキは話し掛けて来た。
「携帯、すみませんでした」
「いや」
「使えなくて不便でしょう?、いつ買いに行かれるんですか」
「明後日」
明後日は公休日。壊れてなんかいないけど、買い替えに行くフリをした。
「データは保存してありますか?、SDカードかネットとか」
「いや」
「すみません……」
青山ユキは俺の嘘を信じて、騙した俺の心配をする。こう、なんかつけ込みたくなる、可愛さというか。どっかの“お嬢さん”なんだろ。
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