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潮風がなびく墓石の前に、独りの少年が立っていた。全身を取り巻く黒いローブは少年を青年へと映え変わる様に凛々しく、妙に大人びて魅せる
吹き抜ける風の隙間から垣間見える青年の顔はやはりまだ幼い。しかし青年が墓石を切なく見る青い瞳は、どこか強さを感じさせる物があった。
青年の視界を風に煽(あお)られた自らの金髪が所々遮る。青年はそれでも視線を一切変えずに墓石を見続けていた。
普通の墓地に並べられた墓石とは違う、人外れた崖の一角にひっそりと立てられた一つの墓石。崖の下から波打つ音と、潮風が鼻をくすぐる
墓石の標識には名前など無く、代わりに死者への弔いの言葉が刻まれていた
――英雄よ、安らかに眠れ。
我、一時も忘れぬ故
青年は目を瞑り、今は亡き英雄の顔を思い出した。
――全ては彼から始まり、彼の息子達が親を想うが故に起こした悲劇。今思えば取り返しがついたのかも知れない。
しかし全ては過去の産物。その戦いに巻き込まれた幾多の仲間を思い出し、青年は歯を食いしばる
最後に浮かんだ二人の顔は、今も自分が生きる理由になっている人達だった。青年はその姿には似合わない、腰に添えた剣を強く握り締めた
呼吸が僅かに荒くなる。今も思い出すだけでも胸が苦しく、締め付けられる気がした
――失ってからでは何も得られない。だから今を大切に生きなきゃな。
笑って言ってくれた兄の顔を、青年は思い出し、墓石の前に跪いた
心の底から沸き上がる感情は、嗚咽となって声に出る
頬を流れる一筋の涙が墓石に落ち、青年は持参した一束の花束を捧げた
全て失った今としては、既に何も得られない。だが後悔せずにはいられない。全て誰のせいでもなく、誰も悪くはなかったのだから……
溢れ出す涙を拭い、青年は無理矢理に笑顔を作った。今自分が出来ることは、今は亡き英雄を笑顔で見送ることだった――
青年は静かに、黙祷を込めて今は亡き英雄達に言葉を送った。
「あの頃から。あなたは苦しんでいたんだね……兄さん」
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