一枚の絵

3/5
前へ
/75ページ
次へ
風呂から戻り、居間へ行くと紗智の姿が無かったので私の部屋へ行くと、ベッドに腰掛けて真剣に何かを見ている。 「紗智……?」 紗智の目には大粒の涙。 その手には私の『スケッチブック』があった。 私は咄嗟に紗智からそれを奪い取る。 「……見た?」 紗智は、泣きながら頷く。 「紗智、何泣いてんの!こんな落書き見られて泣きたいのはこっちの方だよ!!」 今度は、泣きながら首を振っている。 「感動してた。その神様の絵……とても素敵だから」 紗智が言っている『神様の絵』とは、私が中学生の時に描いた絵だ。 小さい頃から教えられた訳でもないのに絵を描いていた。 そんな私を母は、嬉しそうな、少し寂しそうな顔で見ていたのを覚えている。 その理由が解ったのは、小学校高学年の時。 母の洋服箪笥から出て来た一通の手紙。 真っ白な宛名のない封筒。 中には、一枚の便箋。 美しい字。 しかし青いインクで書かれたその内容は、とても衝撃的なものだった。 ――今回の事を、秘密にしておいてくれて本当にありがとう。 君の事は、今でも愛している。 しかし、一緒になれないこの運命が僕は憎い。 君と奈央子を強く想いながら、僕は画家『菅原 直也』としてこれからも作品を生み出していく。 この次の新作は、君達へ贈るつもりだ。 それを最後に二度と君には逢わないと約束するよ。 君は優しいから、自分のせいだと思っているね。 そうじゃない。 誰のせいでもないんだよ。 今は、ただ、奈央子と君の幸せをずっとずっと願っている。 元気で……。 菅原 直也―― 画家、菅原 直也。 その名を知らない者はいない。 『生と死 ―運命の橋―』 彼の代表作だ。  
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加