8人が本棚に入れています
本棚に追加
紗智と初めて話したのは燃える様な夕日を見たあの日。
放課後の静まり返った教室で、何をする訳でもなく席に黙って座ったまま、景色が赤く染まっていくのをただ見ていた私は、突然何とも言えない衝動にかられ、気が付くと無意識に屋上へ駆け上がっていた。
勢いよくドアを開け、真っ直ぐに大きな夕日へ体当たりする様に突っ込む。
何だか胸がムズムズする様な、それが走った為の動悸なのかはわからないが今日こそ『いける』と思ったのだ。
まるで獣になったかの様にフェンスを夢中でよじ登り、更に夕日に近付く。
これが私の望んだ、最も美しい死に方なのかもしれない。
あと一歩。
もう少しで。
もういける。
――そう思ったのに。
「やめなよ」
その誰かの一言で全ての気持ちが台無しになった。
一瞬にして。
頭にきて声のした方向へ顔を向けると、自分と同じ様な体勢でいる『彼女』が見えた。
私は自分でも驚くほど冷静になり「あんたこそ、やめなよ」と言った。
私達は何だか馬鹿馬鹿しくなって、フェンスの中へ戻り、そのまま夕日を背にして腰を下ろす。
彼女は「私は二組の羽山紗智」と名乗った。
私も自分の事を話そうとしたが、彼女の「授業中、いつも君の事を見てた」と言う言葉に遮られた。
「私を……知ってるの?」
そう言って彼女の顔を改めて見る。
綺麗だった。
夕日が当たってキラキラ光る彼女の笑顔。
とても飛び降りようとしていた人の顔じゃない。
「知ってるよ。一組の駿河奈央子さん。同じニオイがするって前から思ってた」
私は、咄嗟に彼女と選択の授業が同じであることを思い出した。
「確か……世界史が一緒だった?」
彼女は笑顔で「うん」と頷いた。
滅多に開けることのない頭の中の引き出しに閉まっていた記憶が、ふわっと浮かんでくる。
授業中、ふと視界に入り込んできた彼女の長く美しい黒髪は、短くて少し癖っ毛の私には憧れで。
でも本当にそれ以外、何もなくて。
話したこともなかった。
最初のコメントを投稿しよう!