紗智―Sachi―

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紗智と初めて話したのは燃える様な夕日を見たあの日。 放課後の静まり返った教室で、何をする訳でもなく席に黙って座ったまま、景色が赤く染まっていくのをただ見ていた私は、突然何とも言えない衝動にかられ、気が付くと無意識に屋上へ駆け上がっていた。 勢いよくドアを開け、真っ直ぐに大きな夕日へ体当たりする様に突っ込む。 何だか胸がムズムズする様な、それが走った為の動悸なのかはわからないが今日こそ『いける』と思ったのだ。 まるで獣になったかの様にフェンスを夢中でよじ登り、更に夕日に近付く。 これが私の望んだ、最も美しい死に方なのかもしれない。 あと一歩。 もう少しで。 もういける。 ――そう思ったのに。 「やめなよ」 その誰かの一言で全ての気持ちが台無しになった。 一瞬にして。 頭にきて声のした方向へ顔を向けると、自分と同じ様な体勢でいる『彼女』が見えた。 私は自分でも驚くほど冷静になり「あんたこそ、やめなよ」と言った。   私達は何だか馬鹿馬鹿しくなって、フェンスの中へ戻り、そのまま夕日を背にして腰を下ろす。 彼女は「私は二組の羽山紗智」と名乗った。 私も自分の事を話そうとしたが、彼女の「授業中、いつも君の事を見てた」と言う言葉に遮られた。 「私を……知ってるの?」 そう言って彼女の顔を改めて見る。 綺麗だった。 夕日が当たってキラキラ光る彼女の笑顔。 とても飛び降りようとしていた人の顔じゃない。 「知ってるよ。一組の駿河奈央子さん。同じニオイがするって前から思ってた」 私は、咄嗟に彼女と選択の授業が同じであることを思い出した。 「確か……世界史が一緒だった?」 彼女は笑顔で「うん」と頷いた。 滅多に開けることのない頭の中の引き出しに閉まっていた記憶が、ふわっと浮かんでくる。 授業中、ふと視界に入り込んできた彼女の長く美しい黒髪は、短くて少し癖っ毛の私には憧れで。 でも本当にそれ以外、何もなくて。 話したこともなかった。  
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