姉と弟

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エリザベス・ウォレストは手に紅いグローブを付けたまま、キャンドルに火を燈した。 自分の部屋でもグローブを外さないのは彼女の習慣であり、それは周囲の人間からすると少し変わったことだった。 ロンドンの冬は厳しい。 しかし彼女がグローブを外さないのは、寒さによるものというより、何か性格によるものという印象を人に与えた。 「はっあ」 ドアを開けるなりそう声を漏らしたのは、エリザベスの唯一の家族である、弟のルイだ。 「ただいま、ベス」 ルイがそう叫ぶと、エリザベスは静かに玄関へ向かった。 「……遅いわ」 「何?」 「そんな遅くまでやるような仕事、危ないわ」 ルイのコートを受け取りながら、エリザベスは細い綺麗な声でそう言った。 二人は良く似ていた。 鼻が高く、痩せていて、姿勢が良く、美形。 ただエリザベスは唇が小さく、ルイは大きく快活そうな口をしていた。 「夜道が危ないってこと?それとも仕事が?」 ルイがあっけらかんと言うので、エリザベスは溜め息をついた。 「心配ないよ」 ルイが続けて言った。 「大体、俺より危ないやつってあんまり居ないから」 ルイのような少年がそう言うのを、他の誰かが聞いたら、大体の人は咎めるだろう。 しかしエリザベスは彼の本質を知っていることから、呆れながらも頷いてみせた。 「……何か今日、ぞわぞわするな」 ルイが暗い表情でそう言ったので、エリザベスはどことなく哀れみの目を向けた。 「……やっぱりちょっと、外出て来るわ」 コートをもう一度着て出掛ける弟に、エリザベスはもう何を言っても無駄だと思った。 いや、彼を止められる言葉を知っていたとしても、エリザベスがそうすることはなかったであろう。 「冷蔵庫に、ケーキがあるから」 代わりにそれだけ、いつもと変わらない温度で伝えた。 いつでも、用意しているから。 ルイは聞こえたかどうかのリアクションをしないまま、玄関の外に出た。 .
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