prologue

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       *  街並みが、燃えるような赤に染め上げられていた。  ――夕焼けではない。  もっと陰惨で獰猛な。  ――火祭りではない。  もっと凄惨で冷徹な。  家屋、街灯、人間――目につくもの一切合切を業火で包み、焼き尽くす。  飲み込まれる対象に区別はなく、されど慈悲もなく。  隙間風のような音を立てて燃え盛る火の海で人々は逃げ惑う。  戦火に吹き飛ばされた夜の闇、美しい星空には爆撃機の群れが飛び交う。  星空を蹂躙した群れから、機関砲が繰り出される――。  轟く銃声、鳴り響く断末魔。  数秒足らずで物言わぬ肉塊が幾つも出来上がり、まるで路傍の石のように転がっていく。  しかし、大通りにごった返す避難民は死骸には一瞥もくれず。或いは一目見て沈痛に顔を歪ませ、視界から外した。  ――次の瞬間、火の雨が地上を襲った。  M69焼夷弾に取り付けられた青く細長い布は分離時に発火し、それがあたかも火の帯のようになって降り注いだのだ。  一斉に舞い降りた火の帯。  それは地上を瞬く間に焼き払い、残り少ない建築物へ追い討ちをかけると同時に、惨たらしい光景を演出した。  突き刺さったのだ。  分離した小型の子弾が、人間に。  ある子弾は子供の手を引く母親の頭蓋を貫き、またある子弾はふと上空を窺った老婆の喉笛に刺さり――そのまま炎上、火達磨を作り上げた。  子弾が猛威を振るった後は、数えるのも馬鹿らしくなるほどの焼死体が残り、焼けたゴムのような悪臭を撒き散らす。  絹を裂いたような悲鳴に子供の嗚咽、更には怒号と慟哭までもが混じり合う。  奏でられたカコフォニーに人々は耳を塞ぎ、熱気の渦に肌を焦がしながらも駆け抜ける。  悪夢のような惨劇。  これが空襲、これが戦災、これが――第二次世界大戦。  奇しくもこの戦争により、各国の隠し持つ鬼札は同じであることが一部の人間に露見した。
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