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夕飯の足しに貝でも採ろうかと、海に潜ったのは一時間ほど前の事だ。
足しどころか売っても余るくらいに採れたので、そろそろ帰ろうかと思っていたら、突然海の中に引きずり込まれた。
海草が絡まったのだと思った。
ところが、ごぼごぼと泡を吹きながら僕が海中で見たのは、僕の足に抱き付いて深く潜ろうとする人魚だった。
殺される、と焦って必死に抵抗していたら、人魚は不意に浮上して、僕を岩場に乗せた。
それで、ごめんね、の一言だ。
「間違えちゃった」
美しい人魚は、桜貝のような口許にいたずらっぽい笑みを浮かべている。
「人を殺しかけておいて、それだけ? しかも人違いで」
「だから謝ったじゃない。ごめんね」
口では確かに謝っているが、反省の色はあまり見えない。
さっさと帰ろうと思ったが、腰に手をあてると籠が無くなっていた。さっき殺されかけた時、海の中で外れてしまったのだろう。
ため息をつくと、うふふ、と人魚が笑う。
真っ白な肌に海色の瞳。濡れた金の髪が張り付いた上半身には、衣服の類を何も着けていない。小振りな乳房が目に入って、僕はなんとなく目を逸らした。
「誰と間違えちゃったのさ」
淋しい夕餉を想像しながら、聞いてみる。
「王子様」
笑顔のままの人魚が、恐ろしい事をさらりと告げる。
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