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「――すっ、すみませんっ!!」
青年が見事なまでに鍛え上げられた手を伸ばしてきたので、小雪は一目散に逃げた。
生理的悪寒の正体がこれだったとは。
兄さんとは違う種類の気持ち悪さだ。
作りたくない思い出が、また一つ増えてしまった。忘れたくとも忘れられない思い出が、ああ記憶を喪失したい。
「ぬぅぅふっはははは! その大臀筋に大腿四頭筋、大腿二頭筋、ナイスだぜッ!!」
「きゃああああああああああっ!?」
何故か追いかけてきていた。
無駄なく引き絞られた壮大な筋肉の塊が、全身を躍動させて小雪を追い掛ける。
だが――それ程速くは無い。
それで無くとも、今の小雪は自分の脚力の限界を超えた力を発揮していた。
火事場の馬鹿力と言うヤツだ。
「いいね、君! その前頸骨筋バリバリだよッ!! イケイケだよッ!! 大胸筋はもうちょっと頑張ってみようか! あっははーッ!」
声が遠ざかっていく。
小雪は走りながら、自分の胸を押さえ、五月蝿い馬鹿――と心中で叫んで赤面した。
そして、小雪はその声の主をやり過ごす為に、目に入った部屋へ飛び込む。
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