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「化粧なんかして、どこかに出かけるのか」 「いいえ、どこにも」 少し俯く春子の頬がうっすら桃色に見えたのは、庭に咲く桜のせいだろうか。 「…………」 「…………」 しばらくの間、ふたりは沈黙に浸る。 掛ける言葉なんていくらでもある。だからこそ、どう切り出すべきか迷うのか。 あるいは、言葉なんていらない……と。何十年ぶりの再会を果たした二人に似合う言葉など存在しないのではないか、と。 桜がはらはらと風に散ってゆくのを眺めながら、誠二郎は年甲斐もなく自惚(うぬぼ)れたことを考えていた。 ふいに、春子の指先が誠二郎の手に触れる。 驚いて見ると、春子は小さい花のように温かな笑みを静かに咲かせていた。 その瞳に涙が浮かんだように見えたのは、春子が自分の帰りを喜んでくれたと感じることで、誠二郎が春子に抱いていた罪悪感を取り払おうとしているからなのだろうか。 そよぐ風の音だけが聞こえる。 「春子、私は――」 .
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