4人が本棚に入れています
本棚に追加
.
あの頃と違う台所の景色に、過ぎていった年月の長さを思い知らされる。
そう。
そこには誰もいない。
春子は、いないのだ。
残像だけが目に貼りついたままで――。
「…………誠二郎さん?」
しばらく台所を眺めたまま立っていた誠二郎の背中に、恵美は心配そうに声を掛けた。
「恵美さん……とおっしゃいましたよね」
「はい」
「春子は……、春子は、笑っていましたか」
庭に桜の花びらが舞う。
道端には野花が可憐に咲き、雀が唄い、蝶が舞う。春の温かな香りが辺り一面を満たす。戦争の影などもう見当たらない、それはそれは穏やかな光景。
温かな春の日差しが恵美と誠二郎に降り注ぐ。
「――はい」
恵美は力いっぱい頷いた。
Fin.
最初のコメントを投稿しよう!