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「春子」
「はい」
「体は大丈夫か」
「はい。大丈夫です」
そう言って、私はもう一度、腹をさすった。まだ目に見える変化はないが、このなかにはすでに新しい命が宿っている。
「私も、おまえと赤ん坊を家に置いてゆかねばならないことが、不憫でならない」
「…………」
「……わかってくれ」
夫の表情を言葉に、はっとする。私は、家を出てから今まで、どんな顔をしていたのだろう。自分でも気づかないうちに、今にも泣き出しそうな情けない顔をしていたような気がする。
石炭と埃のにおいが鼻をかすめる。顔を上げると、駅はすぐそこだった。
私は恥ずかしさと後ろめたさで、「はい」と弱々しく呟くことで精一杯だった。
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