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「ここから飛び降りれば、過去にだって戻れるよ。試してみる?」
この世のものとは思えぬほどに澄んだ、女の子の声。雲に触れようかというビルの上で、楽しげに彼女は、傍らの少年に笑いかける。
「宗教の勧誘とかなら、まだ助かったんだけどね」
学生服にカバン。学校帰りの気楽な様子で、少年は自嘲気味に言葉を返した。
「どうして?」
彼女は屋上のフェンスの上に座っていた。飛び降り防止の二メートルはあろうかという緑色のものだ。
薄いフェンスは、もともと座るために設計されていない。数センチ後ろへ体重をずらすだけで、彼女はたやすく落ちる。人工色の地面を、絵の具(ジャム)で塗り替えることだろう。自身の身体をぐちゃぐちゃ(ジャム)に変えて。
黒蜜の長髪を、青空のそばでなびかせる少女の顔には、しかし恐れが欠片もない。鬼火の白さの肌を、惜しげもなく日の下に晒しいた。疑問は、少年の頭上から降り注ぐ。
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