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高い塀の上から人影がフワリと舞い降りる。
歩きながら目元を覆っていた黒いマスクを外し、両手の親指と人差し指で挟んで擦るように引き延ばす。
見る間にワイン色のネクタイへと変化したそれを、数回折り曲げてコートのポケットへ押し込む
首まで隠していた黒いコートの前を開いてズボンのポケットから引き出した塊を指で摘んで街灯に翳すと、男は微かに笑みを浮かべた。
直径4センチ程度のその黄色い石の中に、立派な角を生やした鹿のような影が見える。
(【ゴールデン・ディアー】か。なるほど。うまく名付けたな)
頭の中で呟いて再びポケットにしまい、煙草に火をつける。
急ぐ様子もなく、ゆっくりと歩を進める男のさらりとした黒髪を夜の風が撫でていく。
高い空に浮かぶ月に向かって煙を吐いたその時、つい先ほど出て来た建物の方がにわかに賑やかになって、男は肩を竦めた。
(やっと気付いたってか?そんなんじゃネズミ一匹捕まえられないぜ。だいたい本物と偽物をすり替えて、偽物に物々しい警備を付けて俺の目を誤魔化そうなんてちゃちな真似、誰が考えたんだ?そんな小細工にこの俺が引っかかるかって言うんだ)
煙草を銜えたまま身軽に金網を蹴って突き当たりのフェンスを越えた男は、空き地に停めてあった一台の車に近付くと、ポケットからキーを取り出した。
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