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夏の夜は、明るい。
デネブ、アルタイル、ベカ。夜空に浮かぶ夏の大三角が18、9程に思える青年の上で輝いていた。
青年はただ無言で緩やかな坂を上っていて、その肩から提げられた‘mituru’と刺繍されたバッグが、彼が一歩踏み出す度に揺れている。ミツル、というのは彼の名前だと憶測される。
ただ静かに丘を上るミツル。
頂上が視界に入りはじめると、ミツルはため息をついた。
――何をやってるんだ、自分は。
丘の頂上に何があるわけでも無い。きっとそこでもここと同じように、星や月が輝いているだけだろう。
しかしミツルの足は止まらない。まるで何かに急かされているかのように、上り続ける。
そしてついに視界が開けた。上り坂が終わったのだ。
「……やっぱり」
ミツルは風に揺れる野原を見て苦笑した。
月明かりは夜の野原を照らしている。そして今夜は、明るい満月。
と、黒い影が……何かかがミツルの視界の端に映った。
「……狸か狐か」
はたまた他の動物か、と呟くミツル。ここは田舎の村。野生の動物など珍しくは無い。
しかし、次の瞬間ミツルはあっと声をあげた。
その動物は二本の足で立ち上がり、こちらを『見た』のだ。
満月がその独特の細い線を浮かびあがらせる。
「……人間」
そう判断するのに時間はあまりかからなかった。
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