日常

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「おはよう。父さん」 「いちいちうるせぇ! さっさと学校にでも行ってきやがれ!」  父さんは俺に向けてそんな言葉を言い放つと同時に手元にあった銀色の灰皿を俺の足元に目掛けて投げつけてきた。  茶色の床には傷がつき灰皿が床に当たる時に奏でられる音色は聴いていても気持ちのいい物ではなかった。  こんな事にはもう慣れたつもりだったが、まるで身体に根が生えたように恐怖で竦んでしまい動けなかった。  ──殴られるかもしれない  そんな一抹(いちまつ)の不安が過り俺は奥歯を力強く噛みしめて目を瞑る。 「ごめん……」  これ以上の刺激を与えないように俺は謝った。  その声は弱々しく父さんに聞こえてないかもしれないと思ってしまう。  昔の綺麗な黒髪短髪は今では、ぐしゃぐしゃの酒臭い髪と成り果てていた。  父さんが着ている白い長袖のワイシャツ、茶色のチェック柄のネクタイ、黒のスーツはよれよれになり酒と煙草の匂いが離れない。  昔の父さんは、こんな乱暴的で酒や煙草に溺れる人ではなかった。  母さんの死──  それが父さんを豹変(ひょうへん)させたきっかけだった。  先も述べた通り、昔の父さんは飲酒や喫煙は全くしない人だった。  むしろ父さんはそういう類の物は苦手だったし嫌っていたのを覚えている。  しかし──母さんが死んだその日の夜から大量の煙草とお酒を買い込むなり飲んでは吸って、吸っては飲んでの繰り返し。  更には仕事も辞めて今となっては母さんの保険金だけで生活しているようなもの。  時々親戚の人達が俺に救いの手を差し延べてくれる。  それは暗闇に差し込む唯一の光のようで喜んで受け入れたいところだったが、それらは全て辞退してきた。  なぜならそれに甘えてしまうと父さんから逃げている様な気がして嫌気が差すからだ。  話は戻り俺はキッチンの冷蔵庫から生ハム、スライスチーズ、マヨネーズを取り出して最後に6枚切りの食パンを手に取って自分の部屋へと戻る。  居間で朝食を取らない理由としては単に煙草臭くてお酒の瓶で埋めつくされているこの部屋で朝食を取りたくないからだ。
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