1話…惚れました!

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「これでも私、本気なんですよ?」 楓は二、三歩前に出るとくるりと回って俺に向き直った。 日の光を背にして、薄い影が彼女に掛かる。 「私、本当に、本気で、君に惚れちゃったんです。 嘘偽り無く、これだけは断言出来ます」 自慢気に、はっきりと、ただ嘘偽り無く、彼女の言葉と表情は語っていた。 「それは、人として?」 それでもニュアンスの違いは生じる。 少しでも誤解の可能性を潰す。 完全に、完璧にとまでは行かなくて良い。 きっと俺は期待してしまっているのだろう。 しかし彼女は首を左右に振り、俺の目の前、一歩踏み出せばぶつかる以上の距離に立った。 「人として、恋愛として、君として、私として」 顔をさらに寄せて、楓は真っ直ぐ俺を見ていた。 少し爪先立ちな彼女のバランスが崩れないか、期待と不安に思考をずらそうと企てるが、それさえ彼女の眼差しが停止させた。 「相模遙という人に惚れています。愛しています」 一拍。 「一生涯、君を想うことが私の幸せです」 「……………」 情けないことに、俺は何も言えずにいた。 後退り、離れるという行動も出来なければ、目を泳がせることも出来ない。 俺は彼女に何を答えれば良いか分からなかった。 それでも彼女は休憩する時間さえ与えてはくれない。 「君の感情、思考、それらに関係無く、私は君を想います。 誰が何と言おうと、それは絶対です」 そして、ゆっくり、一秒を引き伸ばしたように、彼女の顔は距離を数ミリずつ着実に縮めていった。 あと一センチにも満たない距離、彼女は止まった。 思い出したような、気が付いたような、目を開き、吐息も掛かる距離。 それを引き離し、彼女はストンと踵を地面に落とした。 「え、えへへ、キス…するかと思いましたか?」 いたずらっ子のような笑みを浮かべたつもりのようたが、明らかにその表情はどこか残念そうだった。 俺は顔を真っ赤にしたまま、今さっきまでの自分の状況を思い出した。 キスするかと思ったか? 思っていた! いや、思考全てが停止していたのだ。 それどころではないはずだ。 キスされそうだったのか。 だが、そうだとして、何故彼女は止めたのだろうか。 「駄目ですよね」 「え」 楓に視線を戻す。 残念そうな笑顔がそこにあった。 「好きなのは私。君じゃないし、気持ちを押し付けて、君が私を好きになるわけじゃないですから」
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