1話…惚れました!

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俺は昨日のことを夢に思い出すように見ていた。 美しい楓並木の公園。 桜ではなく、楓が淡々と続くその赤い道上に、黒い点がポツンとやけに映えて見えた。 他に誰の姿も無く、その黒い点は翼をはためかすように振袖を風に靡かせていた。 尾のように黒い髪が流れ、赤い花のような楓の葉が風に飛ばされる。 空も橙というよりは緋色に似ていたと思う。 そんな中、ポツンとその黒い点、いや、鳥は佇んでいた。 美しい鳥だった。 そしてこちらの視線に気づいたのか、振り向く。 その顔は、その姿は、その佇まいは、あまりに美しく、綺麗だった。 ほんのりと赤く照らされた肌はなおも白さを保ち、だからこそ、黒い髪も赤い瞳も、際立って見えた。 「こんばんは」 彼女は薄い笑みを浮かべ、儚く、淡淡と、そんな印象を纏いながら俺に語りかける。 「いえ、これは…こんにちは、 っと言ったほうが良いのでしょうか?」 「え、いや、えっと… こんばんは」 「ふふ、では、こんばんは」 楽しそうに、可笑しそうに、彼女は言った。 あまりにも綺麗だった。 そしてあまりにも、繊細に見えた。 「よろしければ、しばし、私の相手をしてはくださいませんか?」 すっと差し出された手はスラリとして、袖から覗く手首からも華奢なのがわかった。 「私は鬼百合、鬼百合楓と申します」 「あぁ、俺は相模遙です」 手を取り、握手する。 体温を一切感じなかった。 冷たいとか、温かいとか、そんなことではなく、触れたという感触以外の何も“感じなかった”。 「遙さんですか、うん、良い名前ですね。綺麗な名前です」 それはこっちの台詞だ。 今この状況の中で、彼女の名前は良く似合っている。 しかし、鬼百合という苗字は少し引っかかる。 綺麗な名前なのに。 いや、彼女には似合いすぎている。 むしろそれは、彼女に与えられるに相応しい名前なのかもしれない。 どうしてそう思うのか、理解できない。 理由なんてなかった。 ただそう思った。
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