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けどまぁ、全然、これ以上もなく、素晴らしい場面を見ている人間がいないことに感謝した。
それにしても、この街はこんなにも人がいないものなのだろうか。
足音も話し声も全くしない。
吹く風や鳥の囀りが聞こえ、この世界には俺達二人だけが取り残されてしまったような、そんな悲観的かつ楽観的に考えた。
こんな美少女と二人っきりの世界なら、どんな男子も喜んで世界を滅ぼすのかもしれない。
しかし、まぁ、俺も彼女となら悪い気はしないだろう。
「あのさ、鬼百合」
「楓」
小さく、幸せそうな笑顔のまま、鬼百合楓は呟いた。
「楓と呼んでください。
楓は私にとって誇らしいたった一つの固有名称ですから」
鬼百合、いや、楓は儚さが混じった笑顔を見せる。
同時にその笑顔と言葉は、頼むとか、お願いするとか、そんな対象に対しての言葉ではなく、まるで祈りを捧げるかのように見えた。
ただの自負だったのかもしれないが。
「か、楓」
「……はい!」
力強く頷く。
それは年相応の行動や素振りではなく、子供染みた素振りと大人びた雰囲気が生じて、不思議な感覚と印象を纏っていた。
人間なのかさえ疑問に思えた。
それについての理由は特にあるわけではない。
「それで何ですか?」
「え、あぁ、楓は学校行かなくて良いのか訊こうと思ってな…」
言葉を飲み込んだ。
まばたきも、呼吸も、時間そのものを停止させたように、一瞬、一秒も満たないだろう時間の中、楓は固まっていた。
そして途端に「え、あ、そのね!」と慌てていた。
明らかな挙動不審だった。
「今日、建立記念日でして」
「嘘だろ」
「……………」
「嘘だろ?」
「はい」
あっさり肯定しやがった。
「けど、心配ありません」
「心配ありまくりだろう!?」
「いえ、大丈夫です。
大丈夫なんです」
「………」
空気が冷たい。
言葉を発することを止めさせる。
「大丈夫ですから、気にしないで二人でランデブーしましょう!」
「空気がぶち壊しだあぁあ!?」
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