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「かけ直さないの?」
「私から? どうしてよ」
「気になるんでしょ? さっきからソレ離さないもの」
ソレと言われて、未だに携帯を握り締めているのに気付いた。顔には出さなかったが、言い返す言葉が見つからない。
しばらく黙ったあと、私は携帯を棄てるように机に放った。硬い音。
紫式部は放物線から衝突までしっかり目で追っていた。
「勿体無いことするわね」
「携帯のこと? 投げたぐらいで壊れるわけ――」
「違うわよ」
ゆったりとした口調で言葉が遮られる。紫式部の視線はまだ携帯を見つめたままだ。
「かければいいじゃない」出来の悪い子を叱るような口調だった。「これはチャンスよ。かけてきて、なにも言わないで切るなんて、なにかあるに決まってるじゃない。なんでもない要件だったら留守電にメッセージを残すわ。留守電いっぱいまで使って、それも無言なんて。ねぇ、貴女はなにも思わないの?」
「…………」
思ったに、決まってる。期待したに決まってる。
でも、だからどうしろと?
私をふった相手が、電話をかけてきて、考え直したって言われて、はいと言えと? 言えると思っているの?
「もういいの」
「あら? なにが“いい”の?」
「うるさい」
「“私”を出して本を買ったのは貴女でしょ? ふられてどうしたか私は知っているわ。言いましょうか?」
「うるさいって言ってるでしょ!」
紫式部を掴む。隠れていた野口が現れ、「あ」と情けない声を出した。
「あんたになにがわかんの!?」
顔の前に持って行き、叫ぶ。
「確かにあんたはずっと私の財布にいた。でもね、私の全部を知れるような立場じゃないはずよ!」
「そうね」微笑む。「私は貴女のなにも知らないわ」
「じゃあ言わないで! ほっといてよ! いいの、私がいいって言ったらいいの! お札のくせに……人間じゃないのに、私のことに口を挟まないで!!」
力の限り叩きつけた。
だが、お札は軽いため、実際はふわっと床に落ちるだけ。痛くも痒くもないだろう。紫式部もまったく表情を変えていない。
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