286人が本棚に入れています
本棚に追加
「もしもし、麗華? 私よ、杏樹。ねえ、今日家に泊めてくれない? え? 駄目なの? そう……私の家から連絡行ったんだ。分かった、じゃあいいわ。別に何でもない。ありがとう」
黄緑色の受話器を置いて、杏樹は溜め息をついた。
「麗華も駄目か……」
家を抜け出してから、もう五時間余り――
辺りはすっかり暗くなり、会社帰りの人たちで駅前の繁華街も賑わい始めた。
後を追って来た川口からは上手く逃げられたものの、何の計画もなく飛び出して来たため、杏樹は行き先もなく途方に暮れていた。
「あぁあ……やっぱり諦めて帰るしか無いのかな。もっとちゃんと計画立てなくちゃ駄目ね」
GPSで居場所がばれないようにと、携帯電話は家に残してアドレス帳だけを持って来た。
それを頼りに、今夜泊めてくれる友達を捜してあれから何人にも電話を掛けたが、みんな宮坂家から連絡が入っていて、既に内緒で泊めてもらえる状態では無くなっていたのだ。
杏樹は公衆電話から出ると、公園入り口の石に腰掛けて財布の中を覗いた。
貯めてあった小遣いを全部持って来たので、お金はまだ十分ある。
けれども、ホテルに泊まるわけには行かなかった。
最初のコメントを投稿しよう!