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「助けて下さって、ありがとうございました」
しばらくして、やっと顔を上げた杏樹の視線は、男性のポケットから覗いていたピストルに釘付けになった。
数秒見つめてから二十センチ以上も上にある、男性の黒い瞳を見上げる。
「―― ああ、これ?」
男性は、微笑みながらそれを取り出して杏樹に見せた。
「撮影なんかで使うモデルガンだよ。良く出来ているだろう? これのおかげで空港で足止め食っちゃったけど、やっぱり持って来て良かったよ」
「そうなんですか。モデルガン……」
杏樹はホッとして気が抜けたのか、急にその場にしゃがみ込んだ。
「大丈夫?」
「ごめんなさい。何だか力が抜けちゃって――」
男性が杏樹の前にしゃがんでフッと笑う。
「早く家へ帰った方がいい。こんな所に一人でいると、また危ない目に遭うよ。駅前まで送ってあげるから」
「私――」
「何? どうかした?」
「私、家に帰れない……」
視線を合わさずに呟いた杏樹に、男性が問い掛ける。
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