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美しい緑に囲まれた礼拝堂。
そのドアの前に、杏樹は父の一樹と二人で立っていた。
「杏樹。幸せになるんだよ」
「パパ……」
心なしか、一樹はいつもより元気がないように見える。
爽やかな初夏の風に白いベールが揺れる。
一樹は穏やかに微笑み、静かに口を開いた。
「普通は、こんな事を言ってはいけないのかも知れないが――」
少し躊躇いながら言葉を続ける。
「辛かったら、いつでも帰っておいで。お嫁に行っても、杏樹はパパとママのたった一人の可愛い娘なのだから」
「パパ……今日までありがとう」
「いつまでもおまえを愛しているよ」
一樹は杏樹をじっと見つめ、それから視線を逸らせた。
「―― こんなに早くお嫁にやるんじゃなかったよ」
中からパイプオルガンの厳かな調べが聞こえて来た。
式が始まる。
「さあ行くよ、杏樹」
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