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「それに、雅晴さんはあなたの事も良くご存知ですよ。お手紙も下さっているでしょう?」
「でもママ、私は知らないわ」
「それは、あなたが頂いたお手紙をちっとも読まないからじゃありませんか。とても優しくていい方よ」
杏樹は、母の言葉に一瞬黙った。
ニューヨークからたびたび届いていた雅晴からの手紙を、読んでいなかったのは事実だったからだ。
「だけど、ろくに話した事もない婚約者と結婚だなんて――」
「だから今日、会っていらっしゃれば良いではありませんか。大丈夫ですよ杏樹。昔から『馬には乗ってみよ、人には添うてみよ』と言うのですから。雅晴さんは、新しい考えをお持ちになった方だと伺っています。きっとあなたも気に入りますよ」
喜代子はそう言うと、まだ文句の言い足りない杏樹をおいてさっさと部屋を出てしまった。
「まったくもう! 人の人生勝手に決めて『人には添うてみよ』だなんて。人は馬と違って、そう簡単に取り替えられないのに。昔の人って無責任なのね」
腕を組んだまま、薄いピンクの小物で統一された部屋の中をウロウロと歩き回る。
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