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『痛くねぇの?』
『痛い』
『なんで止めないの?』
『痛い、から』
『変わってんなぁ』
『ああ』
カッターがかちゃかちゃ音を立てる。
紙や資材を切るそれは人体を切り刻む物ではないはずだ。
滴る血は彼の目と同じ色。
一心不乱に己を傷付けて何が楽しいんだろう。
生憎、俺には分からない。
『誰も止めなかった?』
『佐久間が泣きながら止めてきた』
『それでも止めないの?』
『それでも止めない』
『そう』
『源田にも怒られた』
『それでも止めないの?』
『それでも止めない』
『へぇ』
左腕はもうズタズタだ。
グロテスクな腕。
見てるだけで吐き気がするけれど彼は平気な顔をしている。
虚無を抱く瞳は何も見ていないだけかもしれない。
『なんでそんなことするの?』
『この体はあの人が作った』
『それで?』
『この体は俺のじゃない』
『うん』
『俺は痛くないんだ』
『痛いから止めないんじゃなかったっけ?』
『俺は痛くないんだ』
『あの人が痛いの?』
『そうだ。痛いのはあの人だ』
『そっか』
『お前は止めないのか?』
『だって、俺の体じゃないし』
『そうだな』
『鬼道くんがしたいならすればいい』
『ああ』
『俺は鬼道くんの味方でいたいし』
『……』
『死にたいなら死ねばいい。俺は止めない。鬼道くんの選んだ道なら、俺に文句を言う権利はない』
『…ふど、う…』
『なんだよ、鬼道くん?』
『……好きだ』
『俺も鬼道くんが好きだ』
『ごめん…なさ、い…』
『謝んなよ』
『ふ…どぉっ…ごめん…ごめんなさっ…』
『泣く前に治療しような』
『うんっ…』
抱きしめた体は小さくて頼りなくて。
ああ、俺が守ってあげなきゃな。
彼が傷付かなくていいような世界を作ってあげたい。
流れ落ちた赤い血は床にこびりついて赤茶色に変わっていた。
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