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伸ばした手は届かなくて空を切った。
『ッ…!』
喉元まで上がった声を飲み込む。
堕ちていく彼が心から幸せそうな笑みを浮かべていたからだ。
所詮、堕ちた人間は堕ちたままで。
這い上がったところで居場所は闇にしかない。
深く深く堕ちてしまった人間は特に。
助けを求め光に手を延ばすよりも重力に任せたまま沈む方が心地好い。
そうだ、だから、彼は笑っていたんだ。
噛み締めた唇から血が出て、鉄のような味がした。
『お前も、おいで』
耳の奥、脳の深くまで染み入る彼の甘い囁き。
ゴーグルの下の瞳は愉快そうに歪められ、また、囁いた。
『…おいで』
こちらに差し出された手を迷わず掴む。
俺が彼を守ってあげないといけない。
たとえ光の中でも、闇の中でも、彼には俺がいないといけないんだ。
そして俺にも彼がいないといけない。
同じ痛みを持ち、同じ傷を持つ俺だからこそ彼を大事にすることができる。
楽しそうに笑う彼につられて、俺も笑った。
どこまで深く堕ちようか。
『愛してるぜ、鬼道ちゃん』
『俺も愛している、不動』
抱きしめた体は冷たくて。
なのに心は暖かくて。
闇に飲み込まれながら、目の前の彼の事だけ考えていた。
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