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次の駅で降りて、再び空港へと引き返す。 3度目にして、私はようやく搭乗ゲートを歩ききった。 飛行機が離陸する。 機体が地面を離れるその瞬間 私はこの20年間の忌まわしい思い出を、捨て去ったのだ。 飛行機とともに、私は飛び立つ。 優しい、母のもとへ。 今の私は、鳥のようにまっさらな身体だ。 汚れを知らない心。 20年前と同じ私。 ……北の大地は、桜の時期にはまだ早い。 あとひと月は先だろう。 親戚からの情報をもとに、母が入院する病院へと向かった。 20年ぶりの親子対面に際して 私は、かつてどんな役をもらったときよりも 緊張していた。 病室の扉を開けると、淡い黄色のカーテンが春風に揺れていた。 一歩づつ、近づく。 どくん、どくん。 私の鼓動と、私の歩調は同じリズムだ。 「……お……母さん……?」 呼びかけた私の口の中は、からからに乾いている。 「……ハル……? 春子……?」 カーテンの向こう側から、細い声が私に応えた。
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