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カラカラと、車椅子の車輪が軽い音を立てて回る。
昔、よく来ていた場所。
「……気分、どう?」
「大丈夫よ。今日はとても楽なの」
私は北国に訪れた遅い春の中を、母と共に歩いていた。
桜はようやく満開になったところで、薄紅色の風を運んでくれる。
「……20年ぶりの桜だわ」
母が言った。
「えっ……」
「春子のいない町で見る桜は、桜ではなかったのよ」
「お母さん……」
「今ようやく、桜が見られたわ。
春子のおかげよ……。
ありがとう、私にまた桜を見せてくれて」
「……そんなこと……言わないで……」
風が吹いて、花びらたちをさらった。
母は両手をお椀のように構えて、宙に差し出す。
その様子は無邪気で、母は子供に返ったように屈託のない表情をしている。
「……春子!見て……!」
そう言うので、母の掌を見つめると、そこには
ひとひらのピンクの花弁が、ひっそりと捕らわれていた。
「……綺麗。きれいね……」
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