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「香苗ちゃん。六篇さん、お薬はなしね。その代りレポート用紙を出しといて。」
「レポート用紙って」
「大丈夫、簡単なものだから。」
「そういうものじゃないでしょう。」
先生の後ろに立っている香苗ちゃんこと
看護師さんは、こくりと頷き、診察室を出て行ってしまった。
半年前、香苗君と呼ばれていた彼女と爺先生の間に何があって、香苗ちゃんとなったのだろう。
というか、病院なんかにレポート用紙っておかしくないか?
「ははは。心配しなくても、点数なんてつけないから気楽に書きなさい。」
今。
手を伸ばせばぽやぽやに手が届く。
すぐにそれを引っこ抜くことができるのだ。
手が胸の辺りまで出かけたが、断念する。
爺先生の叫び声を聞かなくてはいけないのかと思うと、嫌気が…いや。良心が痛んだ。
「…はぁ。」
「んじゃあ、次は一週間後ね。その時レポート用紙、持ってきて。」
今の
はぁ、
は了承の合図じゃない。
ため息をついたのだ。
席を立つと後ろには、
初めて来たときに出入り口を仁王立ちで立ち塞いでいた看護婦がいた。
今日は仁王立ちをしていない、
代わりに壁に頭を付け体を震わせていた。
こいつ、笑っている。
病院特有の冷たさを感じさせる扉を、
ほんの少し開けたところで声がかかった。
「六篇さん。」
首だけで振り返る。
「人生は一度きり。精一杯、生きなさい。」
爺先生はこの言葉によって、私が夜遅くまで寝れないことを知らない。
ぽやぽやよ、抜けてしまえ。
そう強く強く念じたが、彼らが抜けることはなかった。
「言われなくても、私は生きます。」
確か私はそう答えた気がする。
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