紫煙

3/4
前へ
/4ページ
次へ
俺はタバコに火をつけた 目的地はすぐそこだ 薄汚れたアパートの階段を一息に駆け上がり、タバコを投げ捨てると、そのドアを叩いた すぐに応答があり、ドアが開くと五十過ぎの女が現れた みゆきさんじゃないか なんだ今日は知ってる女でよかった 毎回客の姿がわからないから、実際に会うまでは緊張するんだ 時にはハゲあがって腹まで出た中年オヤジの相手までしなくてはならない 正直、男の相手はゴメンだが、仕事だからそうもいってられないのが現実なんだ そのみゆきさんの支援で円山町に部屋を持っているのが俺だ この仕事部屋も彼女のもので、俺が相手する客も彼女からの紹介が多いから、彼女の要求を無下には断れない 俺はいいなりの人形なんだ それにしても、今日の彼女はいつにもまして激しかった 彼女がいうには、更年期障害の特効薬には俺みたいな若造を抱くのが一番、効果的なんだそうだ 俺を求める女たちはみな悲しい そんな彼女たちの心の隙間を埋めるのが、俺に許された存在理由なんだ 彼女たちにとって最も悲しいのは、自分が年とともに熟成するワインだと思っていること、実際は酢になっていく女ばかりなのに 年をとって良くなるものなんて何もないのだ 今夜は旦那が、会社の部下たちを家に連れてくる為、早く帰って仕度をしなくてはならないそうで、仕事の方は一時間もかからなかった ただしその一時間は、俺にとっては拷問と等しかったが みゆきさんは、そそくさと帰り支度を整え、ちゃぶ台に万券を一掴み置いていく 畳に敷かれた煎餅蒲団の上で、俺はぐったりと、絞りきられたボロ雑巾のように客を見送った この辺のところは、まだまだプロじゃねぇなって感じるところだろうが、それでいいと俺は思っている 客は、俺のいいところに惚れて来るんだから、あまり水に馴染んでしまうと、生き血まで汚れてしまうだろう
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加