追憶

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畳に衣擦れの音が響く 熱い男女の吐息 時折洩れる抑えた女の喘ぎ声 そして、場違いなほど響く蝉の声 真夏の昼下がり 離れの暗く長い廊下はとてもひんやりしていた。その一番奥の部屋の襖から光りが洩れている。 中学に入ってから何もかもがうまくいかない俺は、廊下の奥から洩れる母親の喘ぎ声が、余計癪にさわった。 学校で喧嘩し、汚れた制服を誰にも見つからないよう一刻も早く脱ぎ捨てたかった。だから、日中人気のない離れに来たら、これだ。 そういえば、珍しくこの時間、玄関に車があったっけ。 俺に背を向けるように若い衆がタバコを喫っていたのを見ていながら、親父が来ていることに気付かなかったとは、俺の不覚だ。 親父はひと月に数回お袋を抱きにやって来る。泊まることはしない。男たるもの眠るときは女房と一緒でなくてはならない、というのがヤツの持論だからだ。そして、帰り際儀礼的に、血を分けられたはずのこの俺にありがたいお話とやらを残して、帰るのだった。 しかし、今日はこんな時間に親父が来ているということは、俺には用はなさそうだ。というより、はなから俺に期待などはしていないのだろう。 俺は、こっそり後ろ足で来た道を引き返す。外の若い衆にも見つからないようにして。 角を曲がり、若い衆の死角に入るともう安心で、途端に気が大きくなる。なぜか、いつもそれが恥ずかしく思われ、余計に肩で風を切って歩くのだった。 俺に近づくものには容赦しない。くそガキなだけあって歯止めが効かなくなる。大して強くもないくせに、心の弱さを隠そうと目だけはギラギラさせていた。
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