鳥のさえずり

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先程から降りだした雨はどんどん強くなってやむ気配なんてさらさらなかった。 狭い電話BOXは、外に比べればとても静かで、暗くなってきた周囲にひと際別世界の暖かみを与えてくれていた。 俺はもう、長い時間をここで過ごしている。できることなら一生ここにいたいとさえ、本気で思った。 放課後、一時でも家に帰る時間を遅らそうと、ぶらぶら寄り道を重ねるのだが、いくらルートを変えようと中学生の俺には限界があった。友達でもいれば話も変わるのだろうけど、俺はいつも一人だった。 そして気づくと、六畳一間のおんぼろアパートの前に辿り着いてしまう。 部屋には当然のように明かりがついている。お袋がいるんだ。 俺は、習慣で共用トイレで用を足して、使い古されて小さくなった備え付けの石鹸でよく手を洗ってから部屋に入った。 ちゃぶ台で酒に酔いつぶれたお袋が俺の気配に気付くと、 「お父様に電話しといで」と、酒臭い息を撒き散らして言った。 十円玉がちゃぶ台の周りに何枚も散らばっている。もしかしたら、お袋が自分で電話しようと用意したのかと、最初の頃はそう思った。だけど、すぐにそんな甘い幻想は抱くまいと誓った。 俺は、そのままの格好で十円玉をすべて拾い集め、アパートから一番近くの公衆電話に走った。 空はいつだってどんよりしていて、今にも雨が降りそうだった。 そして、電話BOXのなかでじっと動けずに、環七通りを走る車やトラックを見るとはなしに眺めていた。 車のライトや微かに聞こえる騒音や降りだした雨の音が、俺に言うべきセリフを考えさせてくれる。 頭のなかで、あらゆるストーリーやそれに続く幾通りもの展開を想定した受け答えが浮かんでは消えていく。時折鳴るクラクションがもう十分だろ、と俺を促すから、受話器を取り上げるのだが、急にみぞおちの辺りが苦しくなってしまい思わず取り落としてしまう。
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