1/10
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

 

酷い雨だ。朝はあんなに晴れきっていたのに。 「王子、地面がぬかるんで参りました、お気を付け下さい」 「わかっている」 馬を励ますように首を撫でてやる。畜生、雷まで鳴ってきやがった。昼間だというのに辺りは薄暗く、風もある。 「最悪だな」 「殿下、お寒ければすぐにお申し付け下さい。風邪などひかれましては一大事です」 「わかっている!」 彼はイライラと答えた。嫌な予感、とでも呼ぶのだろうか。兎に角早く帰らねば…城に帰らねば。しかしこんな山の中で更に悪天候、馬を走らせたらただでは済まない。 焦りを振り払うように重たい前髪をかきあげた時だった。 「敵襲!」 はっと振り返る彼の目に、鮮やかな血しぶきが映る。随従の向こうに見えるあれは。 「殿下、早く!」 家臣の叫びと共に、誰かが尻を叩いて馬を走らせた。細道を駆ける馬の手綱を必死で握る脇を、いくつもの矢がかすめていく。 悲鳴も怒声も、あっと言う間に遠ざかった。 ──誰の差し金だ、これは! 山の森が切れ、道の左隣に崖が現れる。泥を撥ね疾走する馬が突如いなないた。 「!?」 バランスが崩れて慌てて目をやると、馬の左後ろの足に矢が突き刺さり、赤い血を流させている。馬はがくんと足を折って倒れ込んだ。 「駄目だ、こっちは」 崖が! ぬかるんだ地面では馬も人も踏ん張れない。 「…っ!」 為す術のない彼の体は、崖下に向かって放り出された。 雷が、悲鳴を掻き消す。  
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!