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酷い雨だ。朝はあんなに晴れきっていたのに。
「王子、地面がぬかるんで参りました、お気を付け下さい」
「わかっている」
馬を励ますように首を撫でてやる。畜生、雷まで鳴ってきやがった。昼間だというのに辺りは薄暗く、風もある。
「最悪だな」
「殿下、お寒ければすぐにお申し付け下さい。風邪などひかれましては一大事です」
「わかっている!」
彼はイライラと答えた。嫌な予感、とでも呼ぶのだろうか。兎に角早く帰らねば…城に帰らねば。しかしこんな山の中で更に悪天候、馬を走らせたらただでは済まない。
焦りを振り払うように重たい前髪をかきあげた時だった。
「敵襲!」
はっと振り返る彼の目に、鮮やかな血しぶきが映る。随従の向こうに見えるあれは。
「殿下、早く!」
家臣の叫びと共に、誰かが尻を叩いて馬を走らせた。細道を駆ける馬の手綱を必死で握る脇を、いくつもの矢がかすめていく。
悲鳴も怒声も、あっと言う間に遠ざかった。
──誰の差し金だ、これは!
山の森が切れ、道の左隣に崖が現れる。泥を撥ね疾走する馬が突如いなないた。
「!?」
バランスが崩れて慌てて目をやると、馬の左後ろの足に矢が突き刺さり、赤い血を流させている。馬はがくんと足を折って倒れ込んだ。
「駄目だ、こっちは」
崖が!
ぬかるんだ地面では馬も人も踏ん張れない。
「…っ!」
為す術のない彼の体は、崖下に向かって放り出された。
雷が、悲鳴を掻き消す。
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