街角のロードスター

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港ヨコハマと人は言う。 そして、ヨコハマの夜にはジャズが似合うと…。 だけど、ここ、横浜の外れに、その奇跡の店はあった。 ロードスター…マスターのお気に入りの車からつけた店の名前。 ここは、多くの人々がイメージする港ヨコハマとは、かけ離れた場所の横浜だ。 むしろ、どちらかといえば、かのマッカーサーが降り立った飛行場の方が港より近い。 こんな田舎町でも、れっきとしたバー。 なぜなら、かつて港ヨコハマの老舗店で修行を積んだマスターと、それを受け継ごうとする若く優しきバーテンダーが営んでいるからだ。 マンハッタンで女性を口説く男性。仕事と家の狭間にネクタイをゆるめる企業戦士のギネスビール。 癒しを求めるように、ゆるりと煙草をくゆらしながら、ショートグラスのカクテルを光に透かす女性客。 みんな、ここに1日の何かを置いていく。 悟りを開いたように静かに語るマスター、救いの言葉を持ち合わせている若きバーテンダー。 私たちは、ここで十分古き良き横濱を味わえる。 リラックスして、その日1日のしがらみを解いて…。なぜマスターが、港ヨコハマで老舗である店を飛び出し、こんな田舎町にフェンスの向こうのアメリカを築いたのかはわからない。 BGMはスタンダードジャズかAOR。平成日本で、せかせかと動く人々の憩いの場所だ。 ほら、今日もカップルが密やかな口説き文句を口にしている。 この店から一歩外へ出てしまえば陳腐に聞こえる言葉も、店内では赤や青やオレンジのカクテルに彩られて、魔法の呪文になる。 「ねぇ、なぜ、こんな所に本格的なバーを作ったの?」と、私は尋ねる。 若きバーテンダーはマスターの代わりに、 「さぁ…ヨコハマは海側だけじゃなく、すべてがアンニュイで流れていく街だと思われたのではないでしょうか?」 と応える。 その真摯なはにかみを込めて…。 ロードスター…私たち浜っこが、わざわざ観光地港ヨコハマへ出かけていかなくても、出かけていかないからこそ、古き良き横濱を味わえる場所。 それが、街角のロードスター…。
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