酉ノ刻

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社殿は、静かで参道の喧騒とは違った空間だった。周りの木々がざわめくのみで、人はほとんどいなかった。人混みが嫌いな少年は自然とこの場所を選んでしまったのかもしれない。 少年と少女は社殿の階段に腰掛け、参道で買ってきた料理を食べた。普段の学校のこと、勉強のこと、お互いのこと、今まで話したかった事が、いっぺんに話せた。 とその時、少年は社殿の扉の鍵が空いているのを見つけた。 「なあ、入ってみないか」 少年は、最初とは違った高揚感の中にいる。自分でも大胆な事を言ったものだ、と思った。 少女は戸惑いを見せたが彼女もまた、少し気持ちが高ぶっているのであろう、少年と共に中へ入った。 社殿の中は真っ暗だった。かろうじて祭られている神様の銅像の輪郭が確認できるくらいであった。 少年と少女は床に腰を降ろした。社殿の中には少年と少女以外誰もいない。あるのは、銅像とその周りの供え物。聞こえるのは小さくなった祭りの喧騒と風の音だけだ。 少年も少女も無言だった。入ったことのない特殊な空間を肌で感じ、静寂を楽しんでいるふうであった。 少年は今夜のことを初めて振り返った。最初は慣れなかったが、あっという間に接近し、楽しんだ。自分にとって忘れられない日になるだろう、とも思った。 自分の好きな人といっしょにいることがこんなにも楽しいことだとは思っていなかった。 初めての経験に、興奮した。人間は、気持ちが高ぶると何でもできるものである。 少年は、この気持ちを、同じ時間を共有した暗闇の中の想い人に、伝えてみたくなった。
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