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「この街にはね、夢や希望なんて無いんですよ」
王さんは嘲るようにして言った。
「あるのは、欲望だけです」
王さんは冷めた目をこちらへ向けた。
自分は、ゆっくりと頷いた。
王さんは人混みを掻き分けながら進む。自分もそれに続いた。
人とすれ違う度に目が痛くなった。黄ばんだほこりが目に入るのだ。人々は皆粗末な服を着ていた。しかも、食べ物の入った籠を地べたに置き、自らもその脇に座って手をたたき、大声を出す。夜の市場は、とても食品を売るような場所ではない。人々の汗の臭いが妙に鼻についた。
市場のところどころには、人が倒れていた。破れた服を着て、肌も黄ばんでいる。服からでた腕も骨と皮ばかりで、遠くからみたら死人のようだ。だが、れっきとした生き物である。その証拠に口を絶えず動かし、なにかぶつぶつと言っている。
「あれはね、欲望に取り憑かれ現実から逃げて毒に侵された人間の末路ですよ」
自分の視線に気付いたのか、王さんは立ち止まって言った。
「毒…」
「そう、毒です。長く荒れ果てた世の中から逃げようとした人間を誘惑し、呪縛の果てに廃人にしてしまう。この街を覆っている毒です」
王さんの口調は相変わらず冷静だった。自分は廃人を見ていれなくなって、歩みを進めた。
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