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『ただいま―。』
玄関の戸を開けると、薄暗がりの中を虚しく声だけが響いた。
『おかえり~。』
『えっ!?お袋、仕事は!?』
居間には珍しく母がいた。母は昼も夜も働いていて、家にいることは滅多にない。今こうして面と向かって話すこと自体違和感を感じるほどだ。
『今日はね、ちょっと遅番なのよ。それよりどこ行ってたの?まさかまたパチンコ?』
母は嫌みったらしく聞いてきた。俺はそれに若干の苛立ちを覚え、つい本当のことを言ってしまった。
『ちげぇよ!一樹に会ってきたんだ!』
そして口に出してから、しまった!と思った。
『一樹・・・?一樹って、もしかしてあの一樹君!?きゃぁ~っ!久しぶりね!高校卒業して以来だから六年!?きっとさらにイケメンになってるわねぇ~!会いたいわぁ~。あんた何で連れてこなかったのよ!!あっ、写真は!?プリクラとかは撮らなかったの!?』
『ヤロー二人だけでんなもん撮るわけね―だろ!!』
あぁっ、またこれだ。母は一樹のこととなると人が変わったようになってしまう。
この態度から分かるように、母は一樹のことをひどく気に入っていた。それは単純に一樹の顔が整っていたからだ。
一樹が初めて家に遊びに来たときだ。母は一樹を見るなり急に目をキラキラさせ始めると、今まで聴いたこともないような猫撫で声で話し始めた。その余りの変わりように怒りすら覚えたのを今でも覚えている。
俺の顔は、まぁ、親父に似て可もなく不可もなくといった感じだが、悪くはないと思う。だがそんな俺でも一樹と並んでしまうと霞んで見えてしまうのは確かだ。悔しいがそこは否定しない。
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