プロローグ

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 棺桶のようなバスタブの中で産声をあげ、親の顔も知らないままコインロッカーに捨てられた。  むせかえるような血の匂い。    規則正しい機械音。  音は次第に遠ざかり、遮断された。  静寂に目を開く。世界は闇だった。    彼は――自分が闇になったと恐怖したか。  あるいは、錯覚だと理解したか。  確かなことは一つ。    この小さな箱は、彼にとって『世界』だった。  ここで死ぬと、彼はこの『世界』しか知らず、生涯を終えることになる。  その間際、何を想うだろう。  恐怖を悟り泣き出すか。  生を渇望し叫ぶか。  あるいは――皮肉な運命を、笑っただろうか。
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