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(夢、か)
目が覚めていつも思う。
毎晩見るこの夢は、俺が無くした過去の記憶なのか。
いつも同じところで終わるのは、どういうことか。
自室で目を覚ました『エン』は、ショートホープに火をつけた。
タバコをうまいと思ったことはない。吐き出された直後に霧散する紫煙が好きなのだ。
冷蔵庫から出したミネラルウォーターを、喉に流し込む。
「……水道水、か」
ニセモノ。とつぶやき、半分は捨てた。
携帯電話が鳴った。
「どうも」
『エン。任務のほうは順調か? 定時連絡はどうした?』
「目覚ましのやつと、昨日喧嘩したんです。そしたら、起こしてくれなくて」
『フザけているのか?』
電話主の声が一段低くなった。
「いえ、寝ぼけているだけです」
『……我々を怒らせる程度のことは黙認するが――任務の失敗は制裁だ。お前の目的も果たせぬと――』
「わかってます」
一方的に電話を切った。
スーツに袖を通し、鏡の前に立つ。
映ったのは、若い男だった。
歳は二十代前半にも、もっと幼くも見えた。長めの黒髪と、光のない黒い瞳。長身で細身の白い肌はスーツの黒と相まって、一種異様な美しさがあった。
鏡の前で、エンは微笑みを作ってみる。
どうみても不自然な自分の顔を見て、エンは苦笑した。
その表情は、どちらかといえば自然だった。
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