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1 恩人の要求
鳳京都中山区の都会は、今日も眠らない世界で賑わっていた。
夜十一時台の中山区の一際目立たない通路で、一組の男女が激しくいやらしいキスを十分くらいはくねりながらも交わしていた。
「今日という日は最高だった。初めてで巧みじゃないか?」
いやらしく言葉を吐き出しては嫌みたらしい笑みの顔で横目向く。
「藤樹さん、冗談じゃない。からかわないで。巧くなってない。見よう見まねで他人と合わせただけ。そうよ、それだけよ」
応えては、足早に逃げ去って行った沙世子。
「あっ、どこ行くの?オレから離れないと言ったばかりじゃないかっ」
両手だけ追いかけては、身体自体は諦めていた彼氏の藤樹斗揮也。
沙世子は、中山区のとある交差する構造の陸橋の上に立っていた。
( 斗揮也さん、ごめん。わたし、初めての濃厚なキスで驚いてしまって、わたしって本当に馬鹿だわ)
内心で悔やみ出して泣く。片手で握っていた携帯電話が突然滑り、陸橋の下に落下してしまったのだった。
「あっ、わたしの携帯が!!」
真下の車道はたまたま赤信号で、車両の走行はなかった。しかし、そこには誰一人も通行してなかったのだから、破損は間違いない。
確かに間違いなかったはずなのだ。
なのに、破損の機械が砕け散る音すら立てなかった。
不思議になってか、沙世子は様子見に下へと駆け出した。
間一髪のところを一人の男性が、携帯電話の落下を無事に防いだのであった。
「良かったわ~。一時はどうなるかと思ったわ」
ホッと一息つく沙世子。その落ち着き取り戻した彼女を見やる男性が目の前に近づいてきた。
どこぞの格闘家と思えるがっしりした体格の多少猿らしい顔つきの男性が、携帯電話を片手に、美女へと手渡してきたのだった。
突然、その携帯電話から、藤樹の着信メールが入ったというメロディーが鳴りだした。
「着信入ったみたいですよ。はい、これは多分あなたの携帯電話ですよね。確かに渡しましたよ」
ひとこと物言わず受け取る沙世子。もじもじしている。
しばらくしてから、やっと口に出す。
「携帯、ありがとうございます。お礼にお茶ご馳走します」
「いや、お構いなく。その代わりにちょっとだけぼくの要求を一回だけ頼まれて欲しいのだけど、ダメですよね~」
意外な反応に戸惑った沙世子が、言葉を返した。
「恩人には変わりありません。だからあなたには権限あります」
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