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「荷物、ちゃんと全部持ったの?」
愛華――本名は洋二という――は、冷たくそう尋ねた。
愛華は女の名前を名乗っていても、見た目は女の格好をしないことがほとんどで、この季節は大体いつもゆったりしたニットとジーンズを着ている。
綺麗好きの愛華がきちんと洗濯して畳んでくれていた俺の服、それと男用の化粧水、夏に愛用していたビーサン、歯ブラシなどを、俺はざっくりと紙袋の中に入れた。
「うん。バッチリ」
俺はわざとらしいくらい明るくそう答えた。
「そう」
それでも愛華はやはり冷たく言い、顔を俯かせた。長いくせのある前髪が、長い睫毛にかかっている。
「じゃあね、ルゥちゃん」
ハグもなし。
俺が外に出ると、バタンとドアを閉められ、ガチャッと鍵を掛けられた。
……俺は振られた。
日曜の午前中だった。家の外は、やたらいい天気で。
明るい陽射しを浴びながら、俺は一人きりで過ごしていた日常を、懸命に思い出そうとした。
まずは愛華の家の最寄り駅まで歩きながら、朝飯をどうするか考える。
……いいや。もう電車に乗ってしまおう。
駅のホームには、俺の父親くらいの歳のおじさんと、若いギャルが二人、それから太った若い男が居た。
(うわー、ねえなー……)
若い男は眼鏡を掛け、ダサいグレーのパーカーを着て、iPodを聴いていた。ポップな音楽なのか、唇を尖らせて何か口ずさんでいる。
……英語?うわ、洋楽聴いてるよこいつ……何か余計気持ちわりぃ……。
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