0人が本棚に入れています
本棚に追加
「お、まだ生きてるじゃねえか」
ワシの視線に気付き、男は腰から鎌を抜く。止めを刺す気なのだろうがそうはさせない。
手負いの獣の恐ろしさを知らないのだろう。不用意に近づいた男の目に爪が走る。
追い詰められた鼠は猫を噛むらしいが、それが猫ならば噛む程度ではすまない。
男は悲鳴を上げのた打ち回り、その隙にワシは何とか林の中へと逃げ込んだ。
しかし当然動きが取れるほど力が残っているはずも無く、朦朧とする意識の中ワシは力尽き倒れた。
体から温もりが抜けていくのを感じた。これが死ぬということなのだろう。最早四肢の感覚も無くなり始め、痛みも無い。徐々に肉の重さすら軽くなっていく。
目の前に輝く暖かな光景が広がる。
この世の物ではないのだろう。やはり人間の言う三途の川やら閻魔やらは居ないようだ。
なんともあっけない幕切れだ。
そう考えていると、急に何かに引き戻され暖かな光景が遠ざかる。
「あ、母さん。猫が目を開けたよ」
ワシの銀の眼には、閻魔や仏や異人の言うエホバやらではなく、あどけなさの残る少女の顔が映っていた。
最初のコメントを投稿しよう!