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しばらく降りると、微かに緩んでいる杭があった。一瞬、身体を強張らせたが、体重をかけても問題はなさそうだった。何となしにその杭を打ち直す。
カツーン、カツーン。
この壁は凹凸がなく、杭が打ちやすく見える。しかし、中身は粒が大きい石がひしめきあっているので、意外と杭が刺さり難い。特にこの箇所は打ち込み難かったのを思い出した。
カツーン、カツーン。
打ち終わると下の杭に足を伸ばした。次のは芯がしっかりしていて、どんなに体重をかけてもびくともしない。こちらの杭は満足のいく出来だったのを覚えている。
はたと足を止めた。
この杭は全て自身の力だけで打ちつけたのだ。一つ一つ慎重に淡々とコツコツと確実に叩いたのだ。この壁を越えるというただ一つの目標のために。
自分はなんと愚かだったのだろうか。死の恐怖で目標を見失い、努力の意味を見失っていた。
努力の証しであるこの杭は下るためではなく、頂上へ登るための足掛かりだったのを思い出した。
頂上が見えず、努力はいつしか単なる作業へと成り下がっていた。その心の弛みが招いた事故だった。己の精神が未熟だったことを棚上げし、壁から逃げようとしていた。
だが、今からでも遅くはない。積み重ねた努力は無駄にはならない。小さいながらも一歩一歩確実に頂上へと向かっていたのだ。たとえ、見えずともそこに必ず頂上は存在している。越えられない壁はないのだ。それを信じて、努力を続けた者だけがその高みへ辿り着けるのである。
霧が晴れたようなすっきりした気分だ。恐怖の対象であった壁が違った印象に映る。今ならこの壁を攻略できそうだ。
下った分だけ一気に駆け上がった。そして、更なる高みを目指し、杭を打ち込んだ。
カツーン、カツーン。
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