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忘れてはいけないことも多々あるのだけれど人間とは忘れる生き物で、斎の体は生きるために彼女の弟の死という悲しみを薄れさせていくつもりのようだった。
高校生になった斎はちゃんと周囲と打ち解けられるようになり、口数も少しずつだが多くなっていた。本心からの笑顔も増えた。
それでも「なぜ自分は死ななかったのか」という問いは胸に深く突き刺さっていた。
両親は自分より弟を可愛がっていた。弟のほうが容姿が良かった。弟のほうが利発だった……考えは尽きなかった。斎は弟を愛していた。弟も自分を好きでいてくれていたと思う。きっと同じ高校に入り、大学に入り、それぞれに恋人が出来て。そうしてお互い軽口を叩き合いながらずっと一緒にいられると思っていた。
では今の自分は何なのだろう。
訳知り顔の友達は弟の命日近くになると慰めてくれた。友達には感謝したが、自分の本当の悩みを言うことは出来なかった。
(私が生きていて、弟は喜ぶのだろうか)
斎は普通の女子高生だった。
身内が死んだ人間なんて世界に星の数ほどいるのだ。自分は特別じゃない平凡な人間だ。でも平凡は平凡なりに、何の変哲もないことで悩むのだ。
そんな胸中が、平凡に異変をもたらしてしまったのだろうか。
弟の命日、斎はあの交差点に献花をした。
ふるふると風に揺れる白い花。弟は子供の癖に白が好きで、泥まみれになるのが嫌いだった。姉である自分の方が活発で、よく服を汚しては母に叱られていた。それも弟が死ぬまでだ。弟が死んでから母親は斎に何も言わなくなっていた。
ぼんやりと線香の煙をみながら弟のことを考えていた斎は、そのとき自分に何が起こったのか分からなかった。
弟の命日、弟の死んだ場所で。
弟と同じく、わき見運転のトラックにはねられた、なんて。
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