3.『獏』という正体

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 生き残ることただそれだけのためだけに世界中で殺したりされたりジェノサイドを繰り返し、餓死もして、どうしようもなく耐えられなくなって否応なく戦争茶番劇に身を投じなければならなかった人たち。そしてその犠牲者たる数百人や数千人やこの少女。犯した罪に、罰を受け入れたノートン。彼らをきわめて積極的に死へ追いやるのがレベッカの仕事だ。  なんとなく、自分はもしかして罰を受け入れるべきなんじゃないか、とレベッカは右手に問う。 「え?って……狂ったくそったれ野郎だろ? 奴は」  同僚が同意を求めてレベッカの顔を覗き込む。ややあってレベッカはそれを見返し、頷く。 「そうかな……そうだね、そうね」  確かにその通りだ。ノートンはクズで、そして自分は……。  今ここに立って淡々と仕事を遂行していたことを何よりの証拠とすると、レベッカは結論する。自分は罪と向き合うことも、罰を受け入れることもないのだろう。なぜなら、彼ら以上のクズだから。右手はぴくりとも反応しなかった。レベッカは少し笑いだしそうになりながら、しばし目を瞑ると銃をしまって、地下室を後にした。  気付くのが遅すぎた。地獄だ。ここは。逃げ出そう。  そこに通信が入って、「戦争ショー指揮者会のメンバー全員が怪死した」と報告してくる。  早く逃げ出そう。  レベッカはそのあとすぐに辞職した。狂ったようにパソコンにアルファベットの羅列をたたき込むと、10倍になった報告書の山を辞表といっしょに上司へ投げ付け、そそくさと失せた。  早く逃げ出そう。  そうして逃げるうちにもラジオからはニュースが流れてきて“先日死亡した前戦争ショー指揮者会メンバーに変わって新たに就任した出資者たちが、就任した瞬間にまた全員突然死し、……”などと愉快な話を垂れ流す。レベッカは笑いながら車のアクセルを踏み込んだ。  奇跡的に生きたまま自宅にたどり着いたレベッカは、車の傷や凹みにも気付かずにマンションの階段を駆け登る。駐車場ですれ違ったはずの親子に12階のエレベータ前で不振な目を向けられながら部屋まで駆けて、くぐった扉を勢い良く閉じるとガチャガチャと鍵を締めその場にへたりこんだ。
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