0.過去(1)

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0.過去(1)

ジョンストン ノートンという男の話。  時間を数年ほど巻き戻す。  数ヵ月前に戦闘区域だったその地区の上空を、ノートンは空から見渡していた。ティルトローター機の窓から眺められる一帯は今は閉鎖地区となっていて、外界とは遮断されている。見捨てられているといったほうが正しいだろうか。核弾頭の爆心地となったそこは直径1kmほどの薄いクレーターとなっていて、すがすがしいほどにだだっ広い荒野だ。  この空き地をつくったのはノートンだ。ノートンは3週間ほど前までは戦争ショー指揮者会のメンバーだった。戦争ショー指揮者会とは、名前の通り、戦争ショーの運営だったり戦闘そのものを指揮してリアルタイムシミュレーションリアル将棋大会をやりたい連中の集まりで、ショーに加担する出資者たちの多くが所属する。  暇を持て余した、金持ちたちの遊び。確か最高齢のメンバーは132歳だったか。有り余りすぎてどうしようもない資金の山、そして科学技術の途方も無い進歩。自らの体をナノマシンにいじくり回させることで老人というにはあまりに化け物じみた健康さ加減を保ったまま通常の2倍程の人生を生きるじいさんたちにとって、その人生はあまりに退屈だった。ノートンだってそうだ。還暦を過ぎた時にまだあと半分以上の人生が残っていると気付いたときにはさすがに笑った。病的にねじくれた合理主義教の蔓延で世界はどんどん退屈になるばかり。死ぬほど退屈だと感じても、体は元気過ぎるわけで。  ああ、戦争でも起これば良いのに。 というか、  彼らには起こせるだけの力があった。いや、起こすどころかほぼ完全にコントロールできるほどの力が。そんなわけで、そうと分かればどっかんどっかんだ。  この地上で核弾頭が閃光を発した瞬間のあの気分は今も覚えている。正直、快感だった。弾頭を巡って両陣営がせめぎ合い、生死をかけた戦いを繰り広げ、そして訪れる感動のフィナーレにあの爆発、閃光、巨大な球となってすべてを呑み込んでいく火炎……。まぁ自分が仕組んだ演目が粛々と完璧に遂行される様を見れば感動を覚えるのも当然だ。むろん、自ら望んで死地に飛び込んできた間抜けを木っ端微塵に吹き飛ばすことに罪悪感はなかった。アホどもは満足できるだけの金を受け取っているし、誓約書には“死んでも文句は言いません”とサインしているのだから。そこはリスクを見誤った彼らが悪い。
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