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「始まりは……いつも雨……」
綺麗に空気の中へ響いていく声の持ち主は、閉店した店の軒先で体育座りをしながら、雨が止むのを待っていた。
瞳は閉じられている。
長い睫が頬に影を作っていた。
左手にはか細い風貌には似つかわしくない立派な刀。しかし、太めの朱色の紐で厳重に封がされている。
滴が垂れている髪はてっぺんでお団子の形に結ばれていて、つやつやした黒髪だ。
装束は旅人風。肩から重そうな外套をかけていた。体は小さく細く、とても成人には見えない。しかし、印象をより強く与える瞳が開けられれば、判断は違うかもしれない。
そう。
そんな威厳にも似た雰囲気が『旅人』から醸し出されていた。
「……誰の言葉だったかな……母様?父様?……クウカイ様だったかな?」
記憶が定まらないことに不安があるのだろう。旅人は心細げにそう呟くと。
深く自分の思考へと入り込む。
雨は旅人のはいている分厚い長靴にちょびちょびとあたり、軒先から広がる空は鉛色だったが、空の端にまばゆく光る白が見え隠れしていた。
きつく瞳を閉じ、その思考の深さからか時々まぶたが震えている。
そして。
「そうだ……セイメイから聞いたんだ。あれは私の何回目かの儀式の日……あいつはそう呟いて……消えた」
旅人の瞳は開けられた。
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