奇病

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診察室に入ってきた男は、顔が青白く、疲れ果てたのか頬がやつれていた。 「事前問診に書いてあるのですが、何か幻覚が見える様ですね。具体的には何が見えるのですか?」 医者が問い掛けると、男は力無くうなだれる様に頷く。 「…ええ。他人の顔の横に…数字が見えるんです」 男は下を向いたまま答えた。 「数字…ですか?」 「数字です。多分、金額なんです、これは」 「ちょっと話が見えませんが、何か思い当たる事が?」 「…はい。私は保険会社に勤めていまして。そこで顧客の価値を計算する仕事をしているのです」 男はぼそぼそと小声で話し、それを医者は黙って頷いて聞いている。 「計算は、本人の健康状態は当然、学歴や将来性、果ては血液型や星座まで私独自の分析で正確に割り出しが可能になりましたが。ある日を境に、幻覚が見える様になりまして…。つくづく仕事に嫌気も…」 「私にも見えていますか?」 医者は少し身を乗り出しながら尋ねた。 「はい。先生は二十億です…」 「そうですか、個人的には嬉しい結果ですね。とにかく、貴方の幻覚は、征服感から見えていると考えます。人の一生を手にした感覚なのでしょうな」 医者は自分の言葉に浸る様に、目を瞑りながら頷く。 「そうですか…。先生、治りますかね?」 伏せがちだった視線を上げ、男は尋ねる。 「ええ、任せて下さい!幻覚症状を扱った経験は抱負です。必ず治してみせます」 医者が胸を叩きながら答えると、男は溜息を吐いて立ち上がった。 「どうしました?」 「先生、他を当たります」 そう言って帰ろうとする男の手を掴み、医者が足止めをする。 「何か気に触りましたか?」 「先生が『治してみせます』と言った時、値段が数億円下がったんですよ」 医者は男の言葉に、ピンと来ていない様子だった。 「私の計算方法には、困難に対する解決力も含まれているんですよ。他の先生も同じでした」
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