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もうすぐ春を迎えようという時期にも関わらず、夜の空気は女の身体を否応無く冷やす。大事な用事の為に、夜遅くに女は一人で歩いていた。通る場所は、街灯が頼りない光度でボンヤリと照らす程度だった。その下には、警察が設置した【痴漢注意】と赤いフォントで書かれた看板が固定されていた。最近、女の一人歩きを狙い、後ろから抱き付いたりする痴漢魔が出没するらしい。
「…女の敵よね」
女は再び歩き始めながら呟いた。それからしばらく経つと、女は妙な気配を背中に感じた。後ろを振り向いていたが、暗くて良く分からなかった。嫌な予感からか、女の足は幾分か早くなっていた。
ザッザッザッ…
ザッザッザッ…
さっき見た看板が頭から離れなかったのか、女の足取りが止まってしまった。
「いや…何だか怖い…」
そう言いながら、女は遂にしゃがんでしまった。
早く早くと、震える身体に言い聞かせる様にコントロールに努める。その時、『ちょっと』という言葉と共に女の右肩に手が掛かった。
「きゃあぁああぁ!」
甲高い悲鳴と同時に手を振り払った。
「うわ…安心して下さい。」
その場にへたり込んでしまった女の目に、制服を着た警官が写った。
「大丈夫ですか?」
「は、はい…」
警官は女の手を引っ張って起こし上げた。
「私を痴漢と間違えたみたいですね」
「す、すみません」
「いえ、それは良いんですが、私が声を掛けた理由は別にあります。お話、聞かせて貰いますから」
「…はい」
女は力無く頷く。そして警官は、女の足下に転がっているライターと灯油を入れたペットボトルを拾いあげた。
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